古代の「書く」文化を探る 平城宮の硯と律令国家

再現ビジュアル 第4回/奈良時代の役所

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青木 敬(アオキ タカシ)
國學院大學准教授 専門分野:歴史考古学、古墳時代の考古学 主要研究課題:飛鳥時代から平安時代の都城・寺院・官衙の成立および展開について、遺跡・遺構・遺物を用いてその歴史的意義を追究。

 古代の東アジア諸地域では命令や伝達、外交に漢字をつかいました。漢字を書くには文房四宝(墨、筆、硯、紙)が欠かせません。現在の硯はほとんどが石製ですが、じつは硯が導入された飛鳥時代から平安時代まで、日本では陶器でできた硯(陶硯)がつかわれていました。これは他地域には見られない、古代日本だけの特徴です。硯の歴史について研究している國學院大學文学部の青木敬准教授に聞きました。

 奈良の都・平城京や宮殿と役所があった平城宮跡からは大量の陶硯が出土します。これは国を統治するのに漢字を「書く」ことが欠かせなかったためです。硯の形状や大きさはさまざまで、台の部分に獣の足を模した大型の「蹄脚硯」やイラストの「圏足硯」「杯蓋硯」、水がめの破片を利用した「甕転用硯」などが出土します。「蹄脚硯」は宮殿の中心部から出土するので高位高官、「圏足硯」や「杯蓋硯」などは宮殿周囲の役所から多く出土するので下級役人、など身分によって使える硯が決められていたようです。

 硯の表面をデジタル顕微鏡で観察すると、「蹄脚硯」などはあまり墨痕が付着せず、「杯蓋硯」では大量の墨痕が付いているなどの特徴が見てとれます。「杯蓋硯」などは普段使いとして、「蹄脚硯」は毎日のように使うのではなく、律令国家を象徴するために置いてあったのかもしれません。

漢字は中国から伝わりました。奈良時代に読み書きができたのは貴族、役人、僧侶にほぼ限られていたと考えられています。

●杯蓋硯 最も多く使われた硯はフタの付いた食器を硯とした「杯蓋硯」でした。下級役人は、専用の硯として作られたのではない器を硯に使うのが一般的でした。 ●圏足硯 硯の形状は、役人の身分に応じて違っていました。台の部分にスリット状に穴が開いているものを圏足硯といい、平城宮内の役所や各地の役所でも数多く出土しています。おそらく今でいう管理職クラスが使った硯と推定できます。

青木敬先生に聞く、陶硯からみる奈良時代の「書く」文化

Q日本で硯を使い始めた時期、陶器製の硯「陶硯」だけが使われたのは、なぜですか?

A中国の漢代では、石の硯がもっぱら使われていました。ところが魏晋南北朝時代以降、陶硯が大流行するようになります。その理由としては、硯の形状が円形になったこと、さらに硯を磨る部分以外に装飾が施されたことによると考えられます。装飾性豊かな硯は、石よりもやきもので作った方が製作も容易ですからね。この装飾性豊かな陶硯が流行していた時期に、日本列島では漢字を使って内政や外交をおこなうことになり、朝鮮半島や中国から文房具を導入した、したがって石硯が日本にははじめなかったのだと考えることができます。もちろん、当時の日本列島では石硯に相応しい粘板岩などの石材が未発見だったことも理由のひとつでしょうね。

Q陶硯の特徴について教えてください。

A形状や大きさの異なる多彩な硯が出土しています。サイズは大きなもので40cm前後もあり、非常に重たくてどっしりしています。一方で手のひらに乗るような小さなサイズのものもあります。形状は、硯として最初から作られたものと、食器や容器などを硯に転用したものとに大きく分けることができます。「蹄脚硯」や「圏足硯」などは、はじめから硯として製作されたもので、「杯蓋硯」や「甕転用硯」など本来は食器や容器として製作されたやきものを硯に使ったものです。遺跡から出土する硯は、後者の食器や容器を転用したものが圧倒的に多く、むしろ古代の人の多くは、硯というと転用品を連想したのではないでしょうか。この当時、文字を読み書きできるのは僧侶や役人など、ごく限られた人間だけです。ですから硯が出土すれば、そこに文字を読み書きできる人間がいた、つまり寺院や役所などが付近にあったことが判明するのです。

Qなぜ「甕転用硯」などを硯に使ったのでしょうか?

A硯として最初からつくられたものは、いずれも装飾が施される、そしてしっかりとした安定感があります。つまり、こうした硯ははじめから机の上に置いて使う硯として用意されているのです。ところが、「甕転用硯」などは、胴体が丸い水がめを打ち欠いた破片を硯に転用しています。つまり、湾曲した形状の硯のため、机の上に置いて書くのには全く向いていません。そうなると、どういったシチュエーションで「甕転用硯」を使用したのかという疑問が湧きます。私は、「甕転用硯」が手持ちの硯ではないかと推定しています。というのも、「甕転用硯」の多くが「手のひらサイズ」で、手に乗せるととてもしっくりくるのです。つまり、役所で「甕転用硯」を使う場所は、立った状態で仕事をおこなう部署、具体的には倉庫管理や現業部門などが想定できます。「甕転用硯」が数多く出土する地点は、その近所にこうした現業部門の役所などの存在を示唆しているのではないでしょうか。

Q紙と木簡はどのようにつかいわけられていたんですか?

A同じ字を書く対象でも、紙と木とは用途に応じて使い分けられていたようです。木は、表面を削ってしまえば簡単に偽造できてしまう(笑)ですから木簡には、今でいう宅配便の伝票のような利用形態が多いですね。戸籍をはじめとした重要な行政文書やお経などは、いずれも紙に書かれています。古代末~中世以降の日本では、硯が石製にとって代わります。紙の質や墨などの製法も格段に向上し、墨で表現できる幅がぐんと広がります。実は、石硯の表面には肉眼ではわからないほどの凹凸があり、この凹凸が墨の磨り味を決めるといいます。こうした文房四宝の変化が日本文化にどういった影響を与えたか、硯のミクロな分析を中心に研究を進めていきたいと考えています。