変わりゆく消費構造と企業のマーケティング

経済学部准教授(専門分野:マーケティング論、商業・流通論)宮下雄治

  • 政治経済
経済学部准教授(専門分野:マーケティング論、商業・流通論) 宮下雄治

従来の「マーケティング」が通用しなくなる?2030年の国内市場

少子高齢化に伴うマーケットの変化により、消費需要は量的に減少し、国内企業における「販売の困難性」に関する問題が今後ますます深刻化していくことが予想されます。

2030年の日本の消費構造を展望してみましょう。2008年の1億2,800万人をピークとした総人口は、2030年に1億1,660万人となり、この20年で1,140万人が減少すると予測されています。総人口の約1割が減少するということは、小売業の年間販売額もこれと同様の落ち込みを覚悟しなくてはなりません。ここ数年の小売業の年間販売額は135兆円前後で推移しており、2030年には120兆円近くまで減少するとみるのが妥当でしょう。

また、最後のボリュームゾーンといわれる「団塊ジュニア」世代が50代を迎えることにより、国民の半数以上が50歳以上となる世界初の人口構造を形成することになります。さらに、世帯構造も大きく変化していきます。高齢者を中心に「単独世帯」と「夫婦のみ世帯」が急増していき、小世帯化がこれからますます進行します。これらの世帯が日本のマーケットの主役に台頭していきます。

このように、これからの15年、人口構造も世帯構造も変わっていくなかで、販売の困難性、すなわち需要と供給の齟齬(そご)という問題が深刻化していくでしょう。このような状況に置かれた企業にとって、同問題をどのように克服していけばよいのか、このとき「マーケティング」に期待することは大きいものの、伝統的なマーケティングの手法では限界があるという見方がなされています。企業はこれまで採用してきたマーケティングを見直し、新たな発想に基づくマーケティングを検討する必要に迫られています。

流通業のパワー拡大と「新しい価値」を生み出すPB

上記の事態は、業種・業態の垣根を越えて消費需要を獲得する競争を激化させると同時に企業の連携・統合を推進することになります。大型流通業を中心にM&Aによる流通再編の動きは加速しており、流通業のパワーは今後も一層拡大していくことが見込まれます。

こうしたなか、流通の現場では変化の兆しが出始めています。コンビニエンスストアやスーパー、ホームセンターなどで急速に伸びてきているPB(プライベートブランド)の台頭です。メーカー、小売間の垂直的な連携により生まれるPBの存在感は近年急速に増しています。PBは1970年代、80年代にも支持を集め、平成に入ってからは2度目のPBブームとなっています。しかし、これまでと大きく違うのは、一過性のものではなく、安定成長期に入ったといえることです。

これまでNB(ナショナルブランド)の後を追い、廉価版と思われていたPBですが、今日のPBの中には、大手流通業が持つ圧倒的な販売データを基に消費者のニーズを分析し、NBにはない「新たな価値」を創造することに成功した商品も誕生しています。セブン&アイ・ホールディングスの「金の食パン」や、カインズホームの「パンクしにくい自転車」などがその一例であり、NBがPBを後追いするというこれまで見られなかった事象が生じていることに注目しています。

今後の流通編成は、PBの開発が一つのトリガーになり、いかに魅力的で競争力のあるPBを開発するか、という軸から他主体との連携や統合を図る動きが進むことが予想されます。これが、今後のサプライチェーン構築の一つの潮流になるとみています。

人間の欲望分析が可能にする「新しい価値」の創造

巨大化する流通業のパワーに拮抗し、NBメーカーが生き残るためには、PBに先駆けて消費者に魅力的な「新しい価値」を創造し続けなければなりません。NBとPBの間でこれに向けた激しい競争がこの先繰り広げられていくことでしょう。新しい価値を提案するには、徹底的に人間の欲望を分析するのと同時に生活観察を行うことが求められます。すなわち、販売の対象として想定される生活者が、日々の生活においていかなる期待や希望、夢といった欲望や願望を持っているのか、表面的なニーズとは異なる生活者や社会への深い洞察がマーケティングに革新性をもたらすと考えます。

こうした取り組みに積極的な企業に韓国のサムスン電子が挙げられます。同社の競争力を支える要因の1つに、「エスノグラフィー」と呼ばれる取り組みがあります。エスノグラフィーとは、元々は文化人類学や社会学の用語でしたが、近年はマーケティング分野でも注目されています。調査対象の土地に入り込み、その土地で生活を営む住民と同じスタイルで生活することで、現地で生活する消費者の行動様式や価値観を深く理解することを可能にします。同社は世界各地に社員を長期間派遣し、「住民の欲望分析と生活観察」を徹底的に行い、現地のニーズに適合した魅力的な商品開発につなげています。

また、米国アップル社の成功にみるように、「新しさ」や「驚き」をともなう製品やサービスの開発がこれからますます重要になってきます。技術力に支えられた「物理的な価値」の創出だけでなく、デザインやブランドなど消費者の感性に訴える「情緒的な価値」の創出がこれからの日本企業の課題です。

これらの新たな価値創造に向けて、企業は徹底的に人間の欲望分析に向けた取り組みを行う必要があります。とくに、この先の日本社会においてボリュームゾーン(消費の主役)に台頭する50代がどのようなライフスタイルや価値観を有するか、消費行動や購買行動の一つひとつまで、どこまで深く洞察できるかが一つの鍵となるでしょう。そして、このような取り組みに向けて、従来の様々な枠組みや垣根を越えたところに新しいビジネスの機会が創出されることが期待されます。